紙印刷本から電子書籍から紙印刷本というエコシステム
InDesignからSigil経由のEPUBファイルをInDesignへ。
何を言ってるかわからないと思う。わたしも最初聞いた時は驚いた。
紙で出版されたものが電子書籍として配信されて、今度はその配信されたものを組み直して再び紙印刷本へというお話。
売れっ子グラビアアイドルが、AVに出演した後、温泉街のストリップに流れる、みたいな変遷。逞しい話で、名作(テキスト)は姿形を変えてもしっかり生き残るという良い例だろう(ほんまか)
おそらく元になってるInDesignデータは出せなくて(権利的な話じゃなく、たぶん探すのが面倒、もしくはもうなくなっているので)電子書籍のEPUB3ファイルを元にするしかない。
ということで、そのEPUB3ファイルをバラしてInDesignに流し込みという雇用創出となった。
まだEUPBファイル制作のソフトが出揃ってなかったんだと思う。
ファイルは、一時使われていた縦書きにもできる改造版Sigilで作られているっぽい(EPUBファイルのフォルダ構成やファイルの命名規則がどっかで見たことあるなあと)
でもまあ、青空記法に独自規則のアレンジとかdotBookからのHTMLっぽいデータよりはEPUBファイルの方が扱いやすい。
・組み直しになるので、元のレイアウトにこだわる必要ない。
・小説なので、EPUBファイルから拾い上げるのはルビと圏点、外字程度。
ルビはグループルビのタグがついているし、圏点はsesame(ゴマ)というクラスが指定されている。外字は画像になってるのでそこは「〓」にしておいて校正で対応。
↓InDesignにはタグ付きテキストというのがあって
https://help.adobe.com/ja_JP/indesign/cs/taggedtext/indesign_cs5_taggedtext.pdf
テキストデータにルビや圏点のタグを付けてInDesignに「配置」すればそのままルビも圏点も生かしてくれる。
以下のスクリプトでEPUB3のルビと圏点のタグをInDesignのタグに変換してやれば大丈夫だった。
文字コードでちょっとハマった。
InDesignで「配置」する時、文字コードはShift_JISかUTF16じゃないと文字化けしてしまう。
元にするEPUB3ファイルの文字コードはutf8(BOM無し)。
EPUB3のUTF8をShift_JISにすると文字化けを起こす可能性があるような気がするので、とりあえずutf8のまま上記スクリプトでタグ変換して、エディタで開いて文字コードをUTF16に変換した後、配置した。
Adobeのタグ付きテキストのPDFを見ると、かなり細かく制御できるので、ちゃんと探せばこの手のコンバート系でいろんな強力なツールが出てるはず。
でも、たぶん、そんな継続する案件でもなさそうなので、テキトーな使い捨てスクリプトでやっつけ仕事。
しかし、ほんとニッチな需要もあったもんだ。
ガッテンしていただけたでしょうか。
» ローカル環境で電子書籍を作る、Macアプリ・Windows版ツール 「かんたんEPUB3作成easy_epub」
コミティア115ありがとうございました!
昨日1/31は例年通り年初のイベント、コミティアに参加。
実際の数字はわからないけど、いつもの年初のコミティアよりも人が多かったような気がする。ウチの新刊既刊も多くのかたに手にとってもらえた。本当にありがとうございます。
「新刊ください」のリピーターのかたや「まとめ買い」のかたがいらっしゃるのは、ずっと続けてきた結果、かな。
今回ビックリしたのが。
たぶん中東系の男性とヨーロッパ系の女性カップルがやってきて、女性の方がニッコリ微笑んでこんにちはと。
新刊のTL(ティーンズラブ小説)を手にとってパラパラ読み始めてビックリ。で、フィアンセだマリッジだと英語で内容を男性に説明しだしてまたビックリ。マンガじゃ昔からの光景だけど小説で初めてだった。バイリンガルかっこええな。ていうか、文芸も国際化・グローバル化の波が来てるのか(大袈裟)
体調不良のせいか、当日明け方までゲロってへろへろだったんだけど、楽しい一日だった。
旧知の永山薫(@Kaworu911)さんとも久しぶりの雑談。年金や介護の話で盛り上り…という歳だなあ。いろいろ具体的な話で参考になった。
出版、商業誌の不景気な話もごにょごにょとしてたんだけどここに書くようなことでもないのでバッサリ削除。
本は「そこにあるから買う」のが基本だ。
注文してまで買う「濃い本読み」の層はいるけど、ほとんどの場合、そこにあるから気づいて、ありゃこれは面白そうと思ってもらえて買ってもらえるものだ。
以前から何度も何度も同じことを書いてるけども。
日野裕太郎の場合も、同人誌の即売会に参加してそこに本を並べてきたから手に取ってもらえるようになったわけだし、機会があって出した商業誌はもちろん、わたし(doncha.net)がやってる電子書籍の個人出版でも同じ、「読者の前に並べてナンボ」だ。
https://hino-yutaro.doncha.net/
↑商業誌・同人誌・電子書籍で出してる日野裕太郎の書籍一覧
プロモーションとかプロデュースとかいろいろなことが言われるけど「使える販路は可能な限りすべて使って読者の前に本を並べる」というのが確実に正しい唯一の方法だ。
てなことを、年初のコミティア参加して改めて実感した次第。
いや、手売りで一冊ずつ、ひとりずつやりとりがあるのはやっぱ刺激になりますです、はい。
[2016/02/02 08:23:53] 追記。
もうひとつ、プロモで有効だと確実に言えるのは「新刊」を出し続けること。
(電子書籍の個人出版の場合、というかECサイトの場合は特に「NEW!」で露出が増える)
ネットで作家自身のプロモーション、プロデュースなども必要かもしれないけど、実体以上に膨らませても・ネット芸者したところで続かないだけ。
まずは「読者の前に本を並べる」「新刊を出し続ける」を着実・確実に、だ。
次回は5月の文学フリマ東京とコミティア116。少し時間の余裕があるので電子書籍に原稿を回してもらわなきゃ、だなあ。
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TPP丸呑みで著作権保護期間70年らしい
いままでは50年だったのが、TPP妥結によって70年となるとか。20年延長だ。
著作権の保護期間は何年だったら妥当なのか、という議論はおいとく。
これまで50年でやってきたのに、20年延長ってなんじゃそりゃということ。ルールを変えることになるのに、その根拠はなんなのか釈然としない・説明はあったんかよ、と。
わたしは著作権問題に関して、殊更、高い意識を持ってるわけでもないし、実害を被るわけでもないので、他人事だろうと言われればそれまでなんだけど。
青空文庫の2015年10月07日「TPP大筋合意との報に際して」
https://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html
の声明文(?)の中でもここ
青空文庫に関わるボランティアは、その多くが作家や作品のファンであり、また少なからぬメンバーが、自分たちの好きな本がいつまでも読み継がれ、世界じゅうで自由に分かち合われ、これから先も公有財産として大切にされてゆくことを強く願うだけでなく、共有された知や文化が社会に循環され、次の新しい創作物が生まれて未来の文化が育まれてゆくことを心から祈って、日々の作業に取り組んでおります。
を読むと、やはりなんの理由・どんな根拠で20年延長、70年となったのか、理不尽、と思ってしまう。
ひとさまの商売の邪魔をしようとか、利益を損うとかいうような話でなくて、「好きな小説」「好きな作家」を読めない状況だけど、なんとかみんなにも読んでもほしいんだよお、というところ。
「うえええ、これスゲー面白いじゃん」「うわ。やべ、泣けた」とか本を読んでどこか動かされたら、ひとに勧めたくなるのが人情、本読みの原点ってもんだろう。ボランティアとして関わるかたの動機は理解できるし、それが作品を世間に広めていくエンジンとなってるはず。
50年が70年になるだけっちゃだけなんだけど20年ってひと一人が成人する時間で、わたしなどはたぶんあと20年たったら、向こう・彼岸に行ってる時間だ。このルール変更はずいぶん乱暴すぎやしないか。
ちなみに、今すでに公開されているものに関しては。
「著作権が期間満了で消滅した後に権利が復活することはない」というベルヌ条約の規定を遵守
ということらしいので、そのまま公開するのは大丈夫っぽい。
わたしは青空文庫のボランティアではない、ただの野良IT屋だけど。
中山省三郎訳のツルゲーネフの『猟人日記』を音声付き電子書籍にして、少しずつ公開してたりして、これが70年となると2017年まで保護期間。
また、いま写経中の米川正夫訳のドストエフスキー『地下生活者の手記』も50年ならば、今年の12月で保護期間終了なんだけど、70年となるとさらに20年先。
とりあえず、このふたつに関しては、滑り込みで大丈夫という理解でいいのかな。
「眼聴耳視」音声付き電子書籍公開リストhttps://t2aki.doncha.net/?id=1425130349
だめ!それアウトとか言われても、障害者差別解消法のことなんかがあるんで、電子書籍化しておいてもどこかで役に立ってくれそうなのでめげずに写経&合成音声作業をしておこう(モチベーションだだ下がりだけどなー)
ニュースやブログなど眺めると、結局TPPってあれこれ丸呑みという話で、いよいよニッポンはイレブンと呼ばれる世界かよ、と。
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作品の寿命
なるほどなあ、そういう考えかたもありかもしれんなあ、という微温い小ネタ。
本を書いて出版するからには、読者に届いてその作品をずっと愛でられていたい・大切にしてもらいたい、というものばかりだと思ってたし、実際、底辺とはいえ出版社で編集をやってた頃の作家さんは例外なくその通りだった。
でも、そうじゃないこともあって、ちょっと驚いた。
・本を買ってもらって、読んでもらったら、本はその場で消えてなくなってほしい。
・わたしが死んだら、わたしの出した本はすべて燃えて消えてほしい。
なんでやねん、と聞いてみたらば「だって気持ち悪いじゃないですか」と。
いつまでも自分の文章や絵が残ることが気持ち悪いということだろうか。
でも、なんかわかるような気がした。黒歴史の積み上げというか…とか言うと叱られそうだけど。
あるいは、その時、思いが伝われば良くて、カタチはいらないというか。
もしくは、古い自分の作品は、今の自分から見ると完成度が、とか(そういや、再録や単行本化で古い作品を引っ張り出して見せると、これまたほぼ例外なく、ヤメテ!見せないで!という悲鳴があがった)
なので、みんながみんな、自分の書いたもの発表したもの出版したものについて、同じ思いではないということも少しは意識しておきたいかなあ、と思ったしだい(今さら)
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表現の自由と金儲け
表現の自由とか。難しい・面倒くさいことはあまり考えたことがない。
ただ、底辺のエロ本屋で、エロ本エロ漫画をずっと編集してた時、定期的に不健全図書指定を受けて都庁に出向いたり、警視庁に呼び出されたり、宮崎事件の時はメディアスクラムとかいう大騒ぎの渦中に放り込まれたり、それなりに身に染みて思うような出来事を体験してきてる。
結局のところ、生活に直結する。
宮崎事件の後はほぼ1年、コミックスが出せなくなってしまって干上がった。
都条例に引っ掛かると(当時は)年間5回、連続3回で18禁のオビを付けることになる。んなもの、書店が扱ってくれない、休刊となる。食えない、廃業となる。
だからと言って、その言われるように修正をしておとなしいものを作っていたら同業他社に置いてかれる。売れない、休刊となる。
内容が面白ければそれで売れるかというとそれはちょっと牧歌的。性器描写もその修正も、また過激な設定や展開も売るためには求められる。
どこまでやったら引っ掛るか、引っ掛ったら「とりあえず」誌面をどうするか…てなことを20年ぐらいやってたなあ。
ちなみに、正論なんて通用しない世界だ。どうしてこれはOKでこれはアウトなのか、まともな説明などありゃしない。言ったところでどうにもならない。
また、自分たちの出している本は清く正しいもので、こんなエロ雑誌、エロマンガは指定の対象としてしかるべきだろう、という、同じ出版の立場から、いわば味方が背後から撃ってくるようなことも(戦場で一番怖かったのは味方の銃撃、という話がこんなところにも言えるのに吃驚)
と、昔話が長いのは老人だから勘弁してもらおう。
ここ数日で面白い記事がふたつ、twitterで回ってきた。
「「在特会のヘイトも守るべき」ドワンゴ川上量生に反戦平和のジブリは…鈴木敏夫を直撃!」
https://lite-ra.com/2015/06/post-1180.html
ようするに、川上氏のいう「表現の自由」はただの言い訳ではないのか。「今はヘイトが商売になる」という商売上の動機で開設したコンテンツを、今度はKADOKAWAとの経営統合で商売上、邪魔になったから切った。それだけのことにすぎない。
「日本にも「サムの息子」法があれば「酒鬼薔薇聖斗」手記で儲けるなんて許されない」
https://note.mu/lingualina/n/nee602611698e
要するに、自分が犯した罪について発言したいのなら政府機関がそれを止めることはできないが、被害者からの訴えがあれば印税は差し押さえるから、カネ儲けにはならない覚悟でやってね
ふたつとも、乱暴にまとめると、金儲けのために「表現の自由」とやらを利用してんじゃねえよ、ということ。
わたしは、清く正しいひとたちからバッシングを受けていた立場で、なんか正しいひとたちの理不尽さにムカついていたこともあったんで、ヘイトだろうがエログロだろうが、言っても・表現してもかまわないと思っている(だいたい、誰にとっても正しい、心地良い表現なんてありえんし)
自分の考えと違うと思ったら無視するし、イラっとしたら反論もするかもしれないし。
んで、この「サムの息子」に、素直に感心した。
表現の自由と、金儲けを切り離して考えると、はたして、その表現って必要なの?ということ。
商業誌の場合、それで食ってる組織があって関わっている人間がたくさんいるので、「ちょっと勝負してみるか」また逆に、「前回引っ掛ってるしちょっとやばいから押さえるか」ということで「表現を調整」していた。
売れるとか売れないとかいう理由をとり除いた時にどんな表現になるのか。やっぱり、それとは逆に、生活がかかってるからこそ出てくる表現もあるだろうしなあ。
…と、オチも結論もないのも老人の特権で勘弁してもらおう。
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コンピュータによる読者マシンが登場するそうだ
『読者評をコンピューターが書く時代に』
https://bungei.cocolog-nifty.com/news/2015/03/post-d8ee.html
という記事がtwitterのRTで回ってきた。
「読者」マシンというネーミングはどうなんだ。
文章をそれなりに解析して、村上春樹っぽいとかの判定を出してそれを読者レビュー風にしてコメントをつける、んだそうだ。
それは読者じゃない。
本は読んだひとの数だけ「感想」がある・捉えかたがある。
文章を解析した結果を感想と呼ぶのであればそれも感想のひとつだろう。でもなあ、星座占いや血液型占いと同じことやろうとしているように見える。データを解析してパターンにハメて、その結果ってこと。それって感想なのか。
結局、一番足りないのは読者なんです」と今村さん。今度は小説レビューを自動で作成する「読者マシン」の実用化を進めている。「投稿者は、誰かから評価されたり、話題として取り上げられるたりすることをすごく求めています。
やっぱりtwitterで定期的に「感想くれー」「感想ほしー」という風物詩。
ジャンプなんかは知らんけど、10万部雑誌(エロレディース)をやってた頃、読者プレゼントを頑張った月などは1000通弱ほど読者投稿はあったけど、そうじゃない月は400通がいいとこ。1%もないし、そのすべてに作品の感想が書かれているわけでもなかった。20年続けたエロマンガ雑誌、最盛期で5万部強で、読者投稿は100通もなかった。
そんなものだ。
作家さん、漫画家さんは、五里霧中暗中模索作業をずーっと続けていて、受けるのか・売れるのか不安を抱えて、感想・評価が欲しい。雑誌掲載時は上記したような状態で、読者からのフィードバックはほとんど見込めず、単行本になった時の売れ行き・結果がすべて。
(雑誌掲載時に、毎度毎度、読者から手抜きだなんだと叩かれる某漫画家さんなど、単行本で何度も増刷に、てなことはざらにあったので読者評を鵜呑みにしてはいけないし)
「読者マシン」を導入するサイトは「書きたいひと」が集まってるサイトだろう。
読者が足りないのは当然。
必要なのは「読者マシン」ではなく、読者を呼びこむための「外に向けた」プロモーション、仕掛けじゃないのかな。
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