イノベーションという名のでっちあげ

2015/10/20 [15:54:04] (火) 天気

イノベーションとかいうカタカナ言葉がある。

「新しい価値の創造」ということらしい。


ハインラインの『夏への扉』なんかは清々しいほどの未来礼賛。これから技術の進歩で世の中はどんどん良くなる一方である、というお話でもあった。

確かに現状に問題があったらば、技術がそれを解決して、未来は確実に豊かで良いものになっていく、というのは納得できる。また、現状てのはいつも問題を抱えるだろうから、解決しなきゃいけないことはいつまで経ってもなくならない。そのために技術も進歩し続ける。


でも、昨今のイノベーションとやらだ。

「新しい価値の創造」はいいけど、それって無理矢理じゃね?誰にとっての価値?というのはどうなんだろうか。


野良ITなもんで、ITやネットがらみで仕事をいただいたりしてるんだけど、それこそ技術は日進月歩。昨日スタンダードだったことが、今日はもう使いものにならない、なんてことがある。そのたびに「これも雇用創出かっ!」と思いつつ、なかなかしんどい話だ。知的好奇心とか自分スキルアップという高揚感・ワクワク感もないのは歳くったせいか。峠の頂上まで石を運んだと思ったら、くだりになってまた石を上まで運ばなきゃいけない徒労感とでもいうか。


半村良の『石の血脈』を引用してみよう。


いったい第二位の患者を買って不死を得る人間はどんな奴らなんだ。三戸田謙介のような資本家だ。億万長者だ。王侯貴族だ。奴隷に鞭うち、市場を支配し、需要を作り出し、その需要を技術で変化させる。正当な労働で手に入れた人々の宝物を、あっという間に中古品の価値につき落とし、あたらしい夢を高く掲げてまた汗を流させる。貯蓄させ、その価値を左手の指一本で操作してゼロに近づける。そしてまた貯蓄させる。


イノベーションとやらの「新しい価値の創造」は「正当な労働で手に入れた人々の宝物を、あっという間に中古品の価値につき落す」ことにもなる。

世の中、これの繰り返し。昨日価値があったものが、今日はゴミクズとなる。新しい価値・あたらしい夢は誰にとっても良いことなのか、というこの文脈だと世の中はちっとも良くなっていかない。ハインラインの未来はやってこないだろう。


イノベーションとかいうカタカナ言葉を聞くと半村良の『石の血脈』のこの一節をいつも思い浮べてしまう。

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