私立文系の甲斐性無し

2012/6/22 [11:23:57] (金) 天気

いや、甲斐性無しは自分のことなんだけど、テキトーにカテゴライズしないと寂しいので私立文系を使わせてもらった。すまん。


このブログの amazonコンテナをajax取得にしたこともあって、思いつくところに埋め込んでみた。1998年からなので、ほぼ14年分で2400記事ほどをざっと眺めたところ。

技術的なネタはその時々、1年も経つと古くなっていてamazonを見ても該当するようなものはなくなっている。でも小説、結城昌治や星新一、司馬遼太郎なんてのは、まるで古びない。タイトルを見るだけでいちいち感動が蘇り、読んだ当時のことまで思い出す。映画も同じ。


今回ブログをいじっていて、もっとたくさん小説を読まないといけないし、もっとたくさん映画を観なきゃいけないなあ、と改めて思った。もう残りを勘定しなきゃいけない歳だ。

使い古された言葉だけど、フィクションは疑似体験、世界を経験することになる。フィクションを摂取したところで生活が潤うことはないけど、人生は豊かになるのだ。(先人の言葉に、衣食足りて礼節を知る、というのがあるけど、なかったことにしておく)

甲斐性無しでもそれなりにやっていける源泉がここにある。

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コンピュータが使われるようになってインターネッツに覆われて、いろんなものが身もふたもなくなった。性格や病気はヒトゲノムとか脳内物質で解明できる。ボイジャーは太陽系を出て外宇宙を探査する。今までわからなかったものに、名前がつくラベルがつく。語りえざるもの、なんて悠長なことを言ってるヒマもない。誰もいない樹海の中、なんてところはなくなっていく。


恩田陸の「夢違」じゃないけど、今まで見えなかったものが見えるようになり、聞こえなかったものが聞こえるようになり、名前がなかったものに名前がつく。

それでも、フィクションは作られていくんだから、アミノ酸なみに、人間が生きていくために必須の成分。てことで、やっぱりたくさん小説を読まなきゃいけないんだな。


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「私、例えばね、日本人みんなが幽霊という存在に心から納得してその存在を信じたら、きっと幽霊も可視化するようになるんじゃないかと思うんですよ」

「ほう」

鎌田が感心したような声を出した。

「夢札の場合、見えないものが見えるようになってしまった。夢って存在するんだ、みんなの意識に共通点があるんだと納得して、それが常識になってしまうと、それ以外の見えないものも存在して不思議ではないと考えるようになるんじゃないでしょうか」

夢違

『夢違』

恩田 陸

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