いつから営業が好き勝手に本を作るようになってんだ
うーん、さすがに徐々にだけど風邪は快方に向かってるっぽいぞ。若い頃のように、目が覚めたら、スカっと全快!、なんてことはないんだなぁ。ずるずるだらだらと良くなってんだか変わらないんだか、どうなってんだはっきりしろ、と言いたい状態のまま、なんとなく治ってた、というのが中年の風邪の治り方かしらん。
手もとの原稿、半分ばかり写植入稿してみる。残りの半分はまだ少し先の進行となるアンソロの原稿なので、同時に放りこむとなにかと面倒なんで、これはまた後日。
どうもすっきりせんのだ。
劇画というジャンルに先はない、というのはわたしも異論はない。現状では原価的にアウトなのでなんとかしないといけないというのもよくわかる。
なので、写真を組んだページで肉づけして、その結果ギリギリ微妙な返本率となって、もしかしたら(小泉じゃないが)芽が出てきたところかもしれない。先のないジャンルとはいえ、ジャンルとしてはまだトップの雑誌が(確か)10万前後の部数を誇ってるはず(トップを走るもののキャパシティがそのジャンルのキャパシティをはかる目安になる、というのは間違ってはいないだろう)
カンフル剤として広告を導入することで、利益を上げて延命をはかってくれてるということには真面目に感謝なのだ。
だけど、そのプロセスというかやり方がわからん。
どうしていきなり表紙が写真でなきゃいけないという話になるのか。だいたいどんな表紙を期待してるのか、まったく伝わってこない。
実話系、本当にあった系が、ここにきて軒並みダメっぽいという話が出たばかりではないのか。なのに、さりげなく話をきくと「とにかくイメージを変えるために」写真の表紙で、ということらしい。ていうか、ただただ「とにかく」と思考停止して、なんの根拠もなく写真にしろ、といわれてるのだ(今、こういうのが売れてるから、とか根拠を示してもらえればともかく、そういったことはまったくない)
どうせ根拠もないなら、古臭い、という理由だけでイラストの表紙をやめる理由にはならない。劇画誌というジャンルは死に体とはいえ、存在するわけだから、そこに軸足をおいて作るやり方もあるだろう。書店やコンビニで店員・アルバイトに劇画誌のコーナーに並べてもらうにはイラスト表紙の方がわかりやすいと、わたしは考える。
「劇画誌を買ったら、ウホウホな写真ページがあった」とお得感を与えるのと「実話雑誌を買ったのに漫画ばかりだ」と損した感を与えるのとどっちがいいのか。
つい最近、ウチで失敗した雑誌が写真表紙の実話系の作り。まさか、それと同じものを、広告を取るためだけに、求められてるんじゃないだろうな、という疑念が拭いきれない。それでもし失敗したら、指示に従って作った現場はやりきれんだろう…。
そもそも、雑誌の顔、編集責任ともいうべき表紙を、責任のない・責任を取らない連中が、担当不在のところで、あまりにも安直にいじろうとしてるのは、いかがなものか、とぶっちゃけ思う。
てなことをうだうだ考えてると、ふつふつと血が滾って夜中に目が覚めて壁を殴りつける、ということになるんだよなぁ。精神衛生上、まことによろしくない。
今度晴れたらチャリしような、おれ。
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赤字かぁ。。。。
夕べから下痢。ノドもいがらっぽく身体もだるい。…て、もしかして風邪かぁ?
んな今日だけど、緊急召集の会議で、朝っぱらから大変だったりして。わたし担当も含めて赤字赤字で、社長に叱責されるのも当然という現状・業績。
売れ行きがよろしくなくなると、あれこれ他社の売れてるものも見ながら手をいれていく。当座はこれでしのげることが多いんだけど。実はけっこう危険で、どんどん読者不在のひとりよがりになっていくことが多い。経験則から、ふと見ると当初想定された読者層なんてどこにいるの、という雑誌になってることも、ままある。
こんな時は、当たり前で使い古された言葉だけど、初心に帰ってみる、ことが必要かもなぁ。
最初、想定した読者層はどのような属性のひとたちなのか、そのマーケットはまだあるのか、彼らの購買行動に変化はあったのか。
現状の誌面から、どんな読者が買ってるのか・読んでるのか、想像できるかどうか、が全てだ。ここで想像できないようなら今たずさわってる雑誌にはまったく意味がない・売れなくて当然。
独身30歳プラマイ2歳のサラリーマンで月給がぎりぎり手取り20万。彼女とは去年別れたか、今現在別の女性をターゲットにしてる途中で…とか。
結婚して小学校にあがったばかりの長女と幼稚園の長男。ずっと子供にかかりきりだった女房が少しまた可愛くみえてきて驚いたりするやっぱり30代サラリーマン。ローンもけっこう抱えこんでる…とか。
極端だけど、編集ってのは、読者ひとりひとりの顔が想像できるような本作りをしないとダメなんだよねぇ。
なんかなぁ。うまくいかない時はどーやったってうまくいかないもんだわ。とほほ。
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気持ちの良い秋晴れだ
二日続けての絶好の秋晴れ。うーん、自転車が本当に気持ち良かった。今日はいつもの東八→仙川遊歩道→甲州街道ルート。途中、武蔵野公園とか野川公園あたりの木々がとてもイイ感じの色合いになりつつあった。
写真は仙川沿い遊歩道。右から左に向かって緑から赤へのグラデーションが鮮やかだった…って、この写真だと右側の黄色から緑になってる部分は写ってない。広角があればなぁ。
昨日、家についたのが遅かったんで、今日は早起きできず、慌ててカロリーメイトを半分だけ食ってうちを出たのが8時。
会社についたのが10時ちょいすぎ。まあ2時間ちょっとというのはどのルートを通っても変わらないけど、消費カロリー・消耗体力はその時々のこちら側の都合もある。今日はもうやたら腹が減ったなぁ。会社に着いた時点ですでに腹がぐぅぐぅ鳴り出してた。出発前の腹ごしらえは必要だわ。
今日あらためて気づいたのだけど、来月発売の雑誌やアンソロ、コミックス、わたしの担当分が4冊あってびっくり。そりゃ、やってもやっても終わらず落ちつかず、なワケだ。このまま年末進行になだれ込むんだろうか。うーむ。
激烈に忙しくなる前に、飲み会でもしたいかもなぁ。と思いつつもうずいぶん飲み会してないし。これも検討事案だな。
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愚痴愚痴愚痴ですまん
案の定陰気な会議。ううむ。「退路を断って、われ、戦うべし」…うーん、野中広務ってかっこええなぁ。
今日の会議でも編集部のトップ(役員)のひとりが営業部の発言に切れて怒鳴ってたように、ここんとこ営業部の厚顔さは目に余るものがある。あからさまに対立するのは得策じゃないというか大人じゃないから避けてたけど、そうもいかんのか。
扱ってる商品が売れて欲しいという共通の利害のもと動いてるのは間違いない事実なのに。
他社の売れてるものばかりに目が行って、なんでウチではできないのか、となる。それはそれでしごくもっともな思考・感情の流れだろう。それでウチのは売れてない、などと言い放って、今日のように役員の逆鱗に触れるのだ。
売れるものだけ扱いたいなら、話は簡単で、売れるものを扱ってる会社に転職するか、売れるものを扱ってる会社を買収するか。
売れるものだけ扱うなら営業だって不要だということに気づけ。売れるものを扱うのが営業の仕事じゃなく、「売る」のが仕事だろう。
編集は、というか、商品を作ってる現場は自分の関わってる商品のことを一年365日毎日考えてやってる。なのに、営業の、たまにちらっと見て、なにを思いついたかしらんが、ここはこーせーあそこはこーせー、などと言ってくる無神経さは許されるのか。表紙をどうしろだのタイトルをどうしろだの、それも許されるのか。
編集が、コンビニに入らないのはどうしてだ、とか、一店舗に対して厚く配るのではなく店舗数を広げた方がいいだろう、とか、言ったことはないだろが。
これも話は簡単なはずで、お互いの仕事の領分に関してきちんと線引きして尊重してやっていこうよ、というだけ。組織としてはとても当たり前の話ではないのか。相互のシンプルな信頼関係、の話だ。
なんでこんな簡単なことができないのか。営業部は編集部と違って金に直結する部署なだけに、経営陣からの締め付けが厳しい。どこかに責任を負わせる必要がある、それがイヤなら自分で責任を負わなければならない。そこで、こちら側・現場に押しつける・こちらに土足で踏み込んでくる傾向になるんだろう。
ま、根底にあるのは、営業の、編集に対する根拠のない蔑視と不信感なんだけどね。
めんどーな話ぢゃ。
とはいえ、ここで切れると、関わってる雑誌や単行本がヤバくなる。穏便にまるめこんで進行しないと。てなところで負荷がかかりまくりなんだよなぁ、ここんとこ。
なんの実績もない無能編集者の泣き言だと思われるのもシャクなので、言っておくが、去年今年はB6のコミックスを全部合わせると100万部近く売ってるし、ひとつの雑誌を(今は存続の危機だけど)16年続けてるし、という程度の実績はある。その程度か、とか言われりゃ反論のしようもないけどね。
てなことを「(略)」だらけにしようとも思ったんだけど、こんなところでも「われ、戦うべし」だよなぁ(野中広務Love!)
ここはわたしのガス抜きの場所。アクセスログを見ると、こりゃヤバイかもと思うのがたまに来客してたりするけど、ご親切にご注進にあがるなら勝手にやってくれ。
今日みたいな絶好の秋晴れの一日。朝っぱらからの会議がなけりゃ、ほんとに自転車したかったなぁ。
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ねぎまと日本酒の冬にするかな
うーん、いよいよ寒いなぁ。そろそろ皮ジャン出すかしらん。
午後から雨だというので、今日も電車で出社。この時期、みんな着てるものがばらばらで、半そでがいたりコートきてるのがいたり。でも、電車内ではさすがにまだ皮ジャンは暑いかも。自転車の時と電車の時でかなり変えないといけないだろうな。
んで、今日は表紙のレイアウトと8本ばかり入稿(例によって土曜に入稿するのではんく、月曜に入稿できるように)してみた。なんか思ったより仕事があって、びっくり。月曜になるともう20日という日付になっちゃうし11月は月頭に連休があるし、ここらで一度溜まってるのを放りこまないとヤバイんだわ。
この寒さ、いよいよ昆布ダシものだろ。
こないだテレビで「ねぎま」の語源についてやってて、どうやら今焼き鳥屋のメニューにあるねぎまは違うらしい。
「ねぎまぐろ」が略されて「ねぎま」になった、ということらしい。それもまぐろとねぎを交互に刺して焼く料理ではなく、元は、鍋。
ダシの中にてんこ盛りのネギとか野菜類、そこにマグロのトロを泳がせて食うのが「ねぎま」
食ってるうちに鍋にマグロの味も染みだしてこれはかなり美味そう。当時、マグロは庶民の魚で、高級な料理ではなかったらしい。んで、鍋だと煮えるのに時間がかかるので、マグロとネギを串に刺して焼くようになったのがその後の江戸っこ発展系。ところがそのうちマグロが高くなり、ニワトリが養鶏場などの充実で安くなったので、マグロのかわりに鶏肉を使うようになって、現在の「ねぎま」らしい。
いや、この冬はわたしもうちで「ねぎま」を食ってみるかと。
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震度4だ。
今日もコミックスの表紙を凸版入稿。って、この時期毎日なにかしらカラーもののレイアウトに入稿だなぁ。雑誌のレイアウトも手をつけなきゃいけないんだけど、ラインナップが決まりきらないんでこれは時間がかかりそう。
都条例がきたりして泣きっ面に蜂で、明日の会議が憂鬱。
なんかもう好きにしてくれ、だわ。
おとといは異常な集中豪雨、んでもって今日は震度4。
いっそはるまげどんしてくれれば仕事しなくていいんだよなぁ、って小学生じゃあるまいし。とほ。
そいや、いまだに泥除けは装備してなくて、今日あたり、午後から晴れるということだったけど、電車通勤。ううむ。こういう日に泥除けがあれば自転車で来るんだけどなぁ。
泥除けのない自転車って、なんでこんなところに!とびっくりするようなところにまで水・泥がはねてる。…タイヤが小さいからよけいにはねるのかな。
ホームセンター行って泥除けをつけるための材料とか漁るか。
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